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関口 善也(せきぐち よしなり)1964年東京オリンピックの年、2月3日東京に生まれる。
生後まもなく千葉県松戸市に移転
〜小〜中学校編〜
市立松戸矢切小学校〜松戸第二中学校と地元の定番コースを歩む。 近所の仲間たちと江戸川で釣りしたり雑木林で昆虫を追いかけたり日が暮れるまで自転車で駆け回る日々。 「釣りキチ三平」を読んで巨大魚釣ることを夢みたり、ノストラダムスの大予言に恐れ戦きながらも大した悩みもなくコーヒーよりもファンタ オレンジ飲んですくすくと成長。
〜高校編〜
松戸から常磐線で20分、茨城県取手市にある江戸川学園取手高校まで通学。
学校の帰りや休みの日は陸上部の仲間たちと喫茶店に入り浸り。
勉強はほどほどだが陸上にはもの凄く真面目に取り組んでいたとは本人の談。
「ブレンドよりアメリカンの方がたっぷり飲めるから得だよなぁ」などと言いながらコーヒー1杯で何時間も雑談する日々の繰り返し。
店内の有線放送では「ルビーの指輪」や「もしもピアノが弾けたなら」がよく流れていた。
コーヒーはもちろんお店の雰囲気にあこがれ密かに喫茶店経営を夢みる。
〜大学編〜
松田聖子の赤いスイートピーが流行っていた1982年春。
推薦で行ける事と1人暮らしにあこがれ群馬県太田市の関東学園大学へ。
入学前、両親にプレゼントされたコーヒーミルを使いコンビニで買ったコーヒー豆をがりがりと挽いて飲む毎日。
スキー、車、佐野元春がこの頃のすべて。バイト代をすべてつぎ込む。
ストレートのコーヒーを飲みだしたのもこの頃。
マンデリンだモカだと言いながら飲み続ける。
お店を開きたくいろいろと当たるがチャンスなく大変優秀な成績???で無事卒業する。
〜社会人編〜
当時中央区箱崎にあった(株)プレスに就職。
印刷の営業として中央、江東区を飛び回る。
夜は夜な夜な居酒屋へ、サラリーマンお決まりの生活。
2年後父親の経営する内外印刷(株)へ移るが業績を伸ばすことができず失意の中廃業。
カラオケで佐野元春を歌いまくる。 その後新たな決意の元、池袋にある現代珈琲専門学院に通い1997年10月珈琲屋めいぷる開業。
現在に至る。
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